サトカズの片割れがつづる設計の日常
by satokazu_n
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エリスマン邸
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横浜は山手西洋館のエリスマン邸のリビングです。
撮影した時期がクリスマス前だったため飾り付けがあります。このときはピアノの生演奏まであって優雅な雰囲気のなか見学することができました。竣工当時もこのようにクリスマスを祝っていたのでしょうか。

アントニン・レーモンドがこのエリスマン邸を設計したのは恐らく1924年頃だったろうと推測します。当時レーモンドは36才。師フランクロイドライトのもとを離れ、1922年独立し事務所を開設。建築家としての経歴の初期にあたります。1923年(24年?)、日本でも、ひょっとしたら世界でも始めてコンクリート打放しの家(霊南坂の家)を自邸として建設しています。関東大震災のあった年でした。

ひるがえって施主のエリスマンですが、支配人を勤めていたシーベル・ヘグナー商会の横浜本社が、1923年9月1日の関東大震災のため甚大な被害を被ったという記録があります。定かではないもののエリスマン自身の住まいも同様だったのではないでしょうか。これが自邸の建設のきっかけだったのではないかと私個人としては考えます。

さて関東大震災の当日、落成記念披露宴を迎えた帝国ホテルは幸いのことにほとんど無傷でした。非常に頼もしい姿で眼に映ったこと思います。このホテルの建設に関わった西洋人建築家アントニン・レーモンドが注目を浴びたのも当然のことだったのではないかと思います。そういった評判が呼び水となってエリスマンから設計の依頼があったのかもしれませんね。コンクリートで造ってもよかったのかもしれませんが、恐らく予算が合わなかったのかも。いずれにせよ推測にすぎませんが・・・

この建物ですが、下の写真は2階への階段です。写真左下に先の写真のリビングがちょっと見えています。手摺の意匠ですが、はっきりとライトの影響が見えていませんか?これをみたときちょっと微笑ましくなりました。そういえば、リビングのマントルピースもそんな感じがしたりして。レーモンドはけっこう師匠の影響に悩んだようですから、こんなところを見つけて喜んでいても怒られてしまいそうですね。

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by satokazu_n | 2009-01-18 12:08 | たてもの見学
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