サトカズの片割れがつづる設計の日常
by satokazu_n
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カテゴリ:たてもの見学( 42 )
丸の内散策 ― 三菱一号館
先週土曜日は丸の内へ。
前回のエントリーに引き続き丸の内の建物をアップします。
またまたではありますが、三菱一号館。
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この日はガーデニングショーを見ながら通りを歩き、新東京ビルヂングで食事。出てきたら目の前に三菱一号館。思わず写真を撮る。このあと東京中央郵便局、東京駅工事現場、オアゾまで行く。
帰りは逆に歩いて明治生命ビルをふらっと見学。二重橋前より帰宅。
けっこう見だくさんのコースでした。


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by satokazu_n | 2009-11-05 16:29 | たてもの見学
三菱一号館の続編
さて、三菱一号館の写真を出しきってしまおう。
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Cafe'1894のエントランス風除室。少々小ぶりに見えるのですが銀行のメインエントランスとしての風格を感じさせます。モールや窓のプロポーションなどが面白い。床のタイルも竣工当時のものに近い製品を使用している様子。ものすごく品のいい色ですが、窓周りの造作からすると、やや平板な感じも。何か考えがあってのことかと、設計者の思惑をふと考える。

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現行法のなかでここまで復元できてしまうのはものすごいことだ、と展示を見て改めて感じてしまう。

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屋根の上に乗っかっている茶色い部分(ペディメント)は銅板でできています。
何年かすると緑青(銅のさび)が出てきて緑色になってくるはずです。最初から緑青のついた材料を使わずに自然に任せるところも今回の復元のコンセプトがよく表れています。記念展の中でもその考えをしっかりと感じることができます。復元委員の方の丁々発止、情熱や苦労がにじみ出た、すごくいい展示でした。 

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通りを隔ててお向かいの敷地におかれた柱頭です。最初に建てられた建物のファサードにあったものです。今は取り壊されてこれだけになっています。背景は東京フォーラム。記念展の展示会場の窓から外を見ると、一丁倫敦と呼ばれた丸の内の歴史と現在が同時に見てとれます。歴史と現実がダイレクトに並置された不思議な感動が味わえる。また行きたいと思っています。

建築家について(提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

ジョサイア・コンドル(Josiah Conder、1852年9月28日 - 1920年6月21日) はイギリスのロンドン出身の建築家。お雇い外国人として来日し、辰野金吾ら、創生期の日本人建築家を育成し、建築界の基礎を築いた。

曽禰 達蔵(そね たつぞう、嘉永5年11月24日(1853年1月3日) - 昭和12年(1937年)12月6日)は日本の建築家。同郷の辰野金吾とともにジョサイア・コンドルに学んだ日本人建築家の第1期生。丸の内の三菱オフィス街の基礎を築き、のち後輩の中條精一郎(1868年 - 1936年)とともに設計事務所を開設。 曽禰中條建築事務所は都市を飾る数多くのオフィスビルを送り出した。


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by satokazu_n | 2009-10-16 12:17 | たてもの見学
三菱一号館「cafe'1894」で食事
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丸の内の新顔にして大御所、三菱一号館。
この建物の中にあるCafe1894でランチをするのが今回のテーマでした。

どんなカフェかというと・・・上の写真にあるような大空間。
もともとは銀行として設計された空間なのですが、
カフェとしても違和感がないのが不思議なくらいでした。
可能な限り復元したようなので、カフェのための内装の変更は最小限らしいです。
いかに力をこめてつくられたか、意気込みを感じました。

2層吹き抜けの大空間に繊細な造作のある6本の柱が立っています。
記念展示の中でも取り上げられていて、3か月ほどかけて造作されたようです。
そのほかにもエントランスの風除室や、出入り口の装飾など見所満載です。

場所が場所だけに混み合いそうですが、建築関係者は待っている間も楽しめるのでお得。
(写真をOKか気になったのでこっそりと撮影)

お食事はというと・・・

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週替わりランチを頂きました。
サンドイッチとパンプキンのポタージュ、ドリア、鶏肉のトマトソース
それにシャーベットのデザートが出て、最後に紅茶を頂きました。
これで1800円。
江戸野菜を使ったあっさりした味付けですが、案外おなかもいっぱいになりました。


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by satokazu_n | 2009-10-13 12:01 | たてもの見学
三菱一号館を再度訪問
どうにも気になって、また行ってきました。

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Café 1894にて食事。
ゆっくりとホールの雰囲気を味わうことができました。

それから「一丁倫敦と丸の内スタイル展」も見ました。
盛りだくさんでみるのに結構時間がかかった。

ひょっとしたら気付かない人もいるのかもしれませんが
資料室もあって、過去の映像を堪能できました。

近代日本の姿、雰囲気、熱気が伝わってきて元気が出ます。
なにより、現地の歴史についての現地での展示というライブ感がいい。

詳細はまた後ほど。


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by satokazu_n | 2009-10-12 17:30 | たてもの見学
復元した三菱一号館にさっそく行ってきました。
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今月の建築雑誌「新建築」に掲載されていたり、テレビなどで紹介されていたりと、
にわかに注目を浴びつつある丸の内の新顔にして大御所、「三菱一号館」を見に行ってきました。

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夕方に相方から誘われてフラッといったので、すっかり夜になってしまいました。
そのため中には入れず、外から覗き込むようにして見学。
記念イベントとして「開館記念展」が9月3日から来年の1月11日まで開催しているのですが、
またの機会となりました。
カフェ(たしかglafのデザイン)も楽しみ。

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夜は中秋の名月。粋なお月見になりました。
レストランやカフェなどが中庭に面しているのですが、
お値段もお手頃なので気楽に食事ができます。

場所は東京フォーラムのはす向かい。
素敵な場所がまた一つできました。


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by satokazu_n | 2009-10-05 13:26 | たてもの見学
懐かしいTEPIA
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外苑前にあるTEPIAの外観です。TEPIAという建物は、単純にいうと財団法人/機械産業記念事業財団というところが運営している展示ホールや会議室などからなる複合的な施設、といえばよいかもしれません。斬新な、かたち。
金属とガラスで出来ていて、塊というよりは紙のように薄い板が構成されています。四角い箱が内側からの圧力で破裂したようなエネルギッシュな感じがしませんか。そのあたりにつくった当時の「機械産業」のイメージがあったのでしょう。古く感じないのはそのイメージが現在でも通用しているということなかもしれませんね。

d0138618_921371.jpg1階のホールです。突き当たりに工業用ロボットが展示ブースになっているのですが、いまひとつ場所を活かしきれていない。その外に水盤と絵になる階段があって非常に美しいフォーカルポイントなんだけれども、それに気づかないかなぁ。無骨な工業用ロボットもエレガントに見えたのになぁ、などと思いながらシャッターを押してます。

d0138618_9383161.jpg話しはもとに戻りますが、最近の工業製品ってこんなに尖ったイメージではなく、もっと丸くて柔らかい感じ、最先端ではなく一歩二歩人間側に近づいた感じなのかもしれませんね。技術をアピールするのではなくインターフェースの練度が必要ということなのでしょうか。

でもね、このスカッ!とした感じは非常に魅力的。
・・・でしょ。



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by satokazu_n | 2009-03-24 09:31 | たてもの見学
エリスマン邸
少々間があいてしまいましたが、出し切ってしまおうということでエリスマン邸を投稿します。

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サンルームです。窓ガラスの白いウネウネはクリスマスのデコレーションです。落書きではありません。でも、ほとんど装飾らしいものがなくシャープな線で構成された空間は、モダンなものを感じます。この頃すでにバウハウスなどのインターナショナリズム(国際主義建築)や、ル・コルビュジエが出て来た時代ですから、その影響もあったのかなぁと思いました。

ちなみに1925年は。・・・バウハウスがヴァイマルからデッサウに移転した時期で、そのころの校長はヴァルター・グロピウス。一方、ル・コルビュジエはパリ万国博覧会でエスプリ・ヌーヴォー館を設計しています。これらの活動がひいては、1927年のドイツ工作連盟のシュトゥットガルト住宅展へとつながるのですが、この時期はいってみればモダニズム建築にとってのひとつのピークを迎えつつあるという時期といえるわけで、極東の若き外国人建築家といえどその熱気を感じていた、というか煽られていたのでしょうね。

日本史的にも世界史的にも経済恐慌や第一次世界大戦の戦後処理の失敗などにより国際化ではなく国家主義的な動きが大きくなっていく時期に当たり、なんとも裏腹な感じです。

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サンルームからダイニングルームへ。前に投稿したリビングが見えます。

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外観の低く水平に伸びたコーニスと違って、大きく高い天井が特徴的です。この辺りのちぐはぐな展開は意図したものだったのでしょうか。わかりませんが。

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普通に見えるかもしれませんが、他の洋館を見慣れてしまった眼から見ると、窓の大きさにハッとします。中桟などの格子が全くないだけで、もの凄い開放感を感じるものだなと感心しました。竣工当時のクライアントもそう感じたのでは。
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by satokazu_n | 2009-02-08 15:58 | たてもの見学
エリスマン邸
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横浜は山手西洋館のエリスマン邸のリビングです。
撮影した時期がクリスマス前だったため飾り付けがあります。このときはピアノの生演奏まであって優雅な雰囲気のなか見学することができました。竣工当時もこのようにクリスマスを祝っていたのでしょうか。

アントニン・レーモンドがこのエリスマン邸を設計したのは恐らく1924年頃だったろうと推測します。当時レーモンドは36才。師フランクロイドライトのもとを離れ、1922年独立し事務所を開設。建築家としての経歴の初期にあたります。1923年(24年?)、日本でも、ひょっとしたら世界でも始めてコンクリート打放しの家(霊南坂の家)を自邸として建設しています。関東大震災のあった年でした。

ひるがえって施主のエリスマンですが、支配人を勤めていたシーベル・ヘグナー商会の横浜本社が、1923年9月1日の関東大震災のため甚大な被害を被ったという記録があります。定かではないもののエリスマン自身の住まいも同様だったのではないでしょうか。これが自邸の建設のきっかけだったのではないかと私個人としては考えます。

さて関東大震災の当日、落成記念披露宴を迎えた帝国ホテルは幸いのことにほとんど無傷でした。非常に頼もしい姿で眼に映ったこと思います。このホテルの建設に関わった西洋人建築家アントニン・レーモンドが注目を浴びたのも当然のことだったのではないかと思います。そういった評判が呼び水となってエリスマンから設計の依頼があったのかもしれませんね。コンクリートで造ってもよかったのかもしれませんが、恐らく予算が合わなかったのかも。いずれにせよ推測にすぎませんが・・・

この建物ですが、下の写真は2階への階段です。写真左下に先の写真のリビングがちょっと見えています。手摺の意匠ですが、はっきりとライトの影響が見えていませんか?これをみたときちょっと微笑ましくなりました。そういえば、リビングのマントルピースもそんな感じがしたりして。レーモンドはけっこう師匠の影響に悩んだようですから、こんなところを見つけて喜んでいても怒られてしまいそうですね。

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by satokazu_n | 2009-01-18 12:08 | たてもの見学
エリスマン邸
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山手西洋館のエリスマン邸です。他の西洋館とはちょっと雰囲気が違っているのですがおわかりですか。庇というかモールディングというか、低く水平に伸びた線が単なる西洋館とはちょっと違った雰囲気を感じさせてくれます。簡単にいうとかなりモダンな雰囲気です。
横浜西洋館のホームページの説明によると・・・

エリスマン邸は、生糸貿易商社シーベルヘグナー商会の横浜支配人として活躍した、スイス生まれのフリッツ・エリスマン氏の邸宅として、大正14(1925)年から15(1926)年にかけて山手町127番地に建てられました。設計は、「現代建築の父」といわれるチェコ出身の建築家アントニン・レーモンドです。


とあります。なるほどモダニズムの香りを感じさせるわけです。
アントニン・レーモンドは1919年に帝国ホテル(1923年竣工)の設計施工の助手として来日し、その後第2次世界大戦中を除き日本で活躍した建築家です。前川国男さんや吉村順三さんなど多くの建築家に影響をあたえた史上重要な建築家です。このエリスマン邸はレーモンドの経歴のかなり初期の作品ということになります。

ただいつも感じていたのですが、フランク・ロイド・ライトのもとで修行してきたレーモンドなのに、その作風はどちらかといえばル・コルビュジエの影響がつよいような感じがしています。その点、初期の作品にフランク・ロイド・ライトの影響があるのかないのか、あるとすればどんなものか?などとちょっと興味にかられました。

外観からはほとんどその影響を感じませんが、あるとすれば水平に伸びる線がカクカクと折れるあたりに影響を感じることもできますが・・・さて室内は・・・と入っていくわけであります。
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by satokazu_n | 2009-01-17 12:17 | たてもの見学
ブラフ18番館
山手西洋館のひとつ、ブラフ18番館です。
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この日はあいにくの雨。これを見たら帰ろうか・・・などと話していたのですが、楽しくなってつい長居してしまいました。晴れの日よりも薄曇りの方が内観写真は上手く撮影できるような気がしているので、これはこれでいい天気と言えなくもないのですが。

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単純なノスタルジーやロマンチシズムで楽しんでしまうのもよいのですが、もうちょっと注意深く見ていくと、模様やかたちの繊細なものが多いことに気付かされます。なんとなく眼のおくの網膜が喜んでいるような、そんな気持ちがして来ます。反対に考えると、いわゆるシンプルモダンな建物っていうのは眼球の動きが面白さにつながっているんじゃないか、そんな気さえして来ます。

今日はこんなところで。
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by satokazu_n | 2008-12-28 10:53 | たてもの見学